友理先生と狐谷先生が辞退したあとに実質的な審査委員長だったのは小倉先生と響先生
両氏は表にでたがらず審査員全員と良好な関係を築いている調整タイプ
少々手腕が穏やかすぎて出ていく審査員を引き留めなかったために離脱が相次いだが結果としては無難に軟着陸させた功労者