日本の陣形史
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%99%A3%E5%BD%A2%E5%8F%B2 >鉄砲百・弓百・長手鑓百・総旗・騎馬百の兵種で、順序はその時々で変化した(旗本同士が戦うための戦法)。
>この「五段隊形」は上杉軍に対抗する形で東国各地に広がり、
>西国大名にも伝わることになる。
西股総生著『戦国の軍隊』より
「後北条軍の基幹となった地域別の「衆」とは別立ての部隊として、
足軽が登場する事に注意したい。」
「まず、戦闘時における打物騎兵と弓歩兵の分離」
「そこに、長柄を手にした傭兵的足軽が進出してきた。」
「足軽を長柄部隊や弓兵部隊に編成する方法が案出された」
「こうして十六世紀の前半を通じて、
東国の戦国大名たちは徐々に兵種別編成方式へと転換していったに違いない。」
勝海舟『氷川清話』より
>近ごろまで八王子に、信玄当時の槍法がのこっていて、
>毎年二度その槍法の調練をすることになっていたが、
>その槍を使うのを見ると、ちかごろのように、お面、お胴というふうな、
>個人的の勝負ではなくって、多勢の人が、いっせいに槍先をそろえて、
>えいえいえいと声をかけながら、初めは緩やかに、
>しだいしだいに急になり、ようやく敵に近づくと、
>一斉に槍先をそろえて敵陣に突貫するのだ。
>ちょっと見たところでは、はなはだうかつのようだが、
>おれは後で西洋の操練を習ったから、
>始めてこの法のすこぶる実用にかなっていることを知った。
>また、そろいの赤具足をその将士に着せて、敵の目を奪い、
>かねて味方の士気を鼓舞したのなどは、大いに今日の西洋ふうにかなっているところがある。
>これが実に信玄の遺法であって、後世、井伊家の特色となったものだ。
信玄も凄いけど
騎馬隊って信玄から広まったわけじゃなく
村上義清か上杉謙信からなんだけどな
>>5 別にそんな事はないけどね
特に何か一つ言いたい事があってスレ立てたわけじゃなく
色々な方向性の議論がこのスレであれば良いってだけで
まあ議論する時には
>>1-3の書き込みは読んでほしいというのはあるが
あと別に武田氏にしても信玄だけに限った話じゃないし
武田氏に限った話でもないよ
戦国時代前期 太田道灌や北条早雲が兵種別編成の走りを考案して無双する
戦国時代中期 甲信越以東での兵種別編成の完成 騎馬隊の威力
戦国時代後期 兵種別編成が全国に広がり始める そして物量戦の広がり
戦国時代の前半は
兵種別編成か否かで軍の強さが相当違って
寡兵で多数の的と互角に渡り合うなんて事も可能だった
戦国時代末になると
もう物量戦が凄いし
兵種別編成も当たり前になってくるしで
兵種別編成だから合戦で勝ちやすいってわけでもなくなってくる
>兵種別編成か否かで軍の強さが相当違って
それは具体的にどういった一次史料からわかることなんですか?
信長なんかは集めた兵士を兵種別に再編成してなかったようだな
というか織田の軍役ははっきりしたことわからないね
むしろ武田・北条のように早い段階から軍役関係文書を出している大名のほうが例外的存在
>>10みたいな話はちゃんと根拠出して語るべきなのになんでこうイメージだけで突っ走るんだろうか?