日本の公安警察は、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。一昨年、『警視庁公安部外事1課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、アフリカで強盗被害に遭った日本人について聞いた。
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勝丸氏が警視庁から外務省に出向し、警備担当の外交官としてアフリカ大陸の日本大使館に赴任していた時の話である。
「職務上、赴任した国名は言えませんが、私はその国の公共交通機関は絶対に使いませんでした」
と語るのは、勝丸氏。
「現地に住む邦人も使いません。駅周辺や電車の中では必ずと言っていいほど強盗の被害に遭うためです。日本人が想像を絶するくらい治安が悪いんです」
命を落とす危険
駅の周辺には、ホームレスやストリートチルドレンが大勢いたという。
「外国人観光客を見かけると、5、6人で取り囲み、首を絞めたり、羽交い絞めにしたりします。リュックサックやベルト、時計、ネックレス、ポケットに入っているものなど全て持って行かれるのです」
被害に遭っても、強盗を追いかけてはいけない。ナイフで刺されたり、拳銃で撃たれたりして命を落とす危険があるからだ。
「人気のない裏路地で強盗に遭遇すれば、それこそ身ぐるみを剥がされます。パンツ以外、全て持って行かれます。電車の中も危険です。停車駅が近くなると数人の男が近寄ってきて、『ここに座っていいか』と言い、バックなどを奪って電車を降りるのです」
勝丸氏は、身ぐるみを剥がされ、文字通りパンツ一丁にされた3人の日本人男性を保護したことがあるという。
「ある時、現地警察から日本人を保護したと連絡が入りました。日本大使館で使っている防弾製の車で警察へ向かいました。銃犯罪が多いので、大使館の車はすべて防弾製となっています。また、パンクとかエンジントラブルに備えて、必ず2台の車で出かけます。どちらの車にも武装したガードマンを乗せています。警察署に着くと、パンツ姿の日本人が恥ずかしそうに待っていました」
保護された日本人は、現地の治安の悪さを知らない観光客だった。
「現地の警察署長に、身ぐるみを剥がれた被害者のために洋服は用意していないのかと聞くと、署長は『こういう事件は日常的に起こっているから、そんなものは用意していない』と言われました。女性の場合、ブラジャーも持って行かれるそうですからね」
被害を受けなかった聖職者
そこで勝丸氏は、3人の日本人に下着を買うお金を貸したり、大使館にある古着を与えたという。
「日本大使館には、こういう場合に備えて、日本に帰るための航空チケットの代金を貸し出すお金を用意しています。パスポートの再発行には時間がかかるので、帰国のための渡航書(臨時のパスポート)を作りました」
帰国した日本人は後日、大使館の銀行口座に借りたお金を振り込んだという。
もっとも、危険な公共交通機関を使っても、まったく被害を受けなかった日本人が2人いたという。
「1人は、50代のクリスチャンの女性です。彼女は、ある式典に参加するためにアフリカを訪れたのですが、大使館に挨拶に来たいというので、電車は使わずレンタカーかタクシーで来てくださいとアドバイスしました。ところが彼女はお金がないからと言って電車に乗ったのです。私はこれはマズイと思いましたが、まったく被害に遭わなかったそうです。彼女は、黒い修道服を着ていたので、襲われなかったようです。この国の85%はキリスト教徒なので難を逃れたようです」